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【街角レポート】8/7(火)8月、考える。by青木崇

【街角レポート】8/7(火)8月、考える。by青木崇

どうも、ナスです。


今回は平成最後の8月最初の放送となりました。

昨日8月6日は広島に原子爆弾が落とされた日ということで、各メディアでも多くの特集が組まれる等していました。

皆さんの中にもそういった情報に接した方は多いのではないでしょうか?


自分はメディアで発言をする機会のある人間として、正直に言うとこういった話題にかなりの恐れを持っています。

政治や経済や心情や、もしかすると宗教や。

そういったものに関連するかも知れない話題を話すというのはやはり怖いものです。

しかし逆にメディアに関わっている以上、そういったことに触れる一定の『義務』もあるのではないかとも考えているのです。


今回は、戦争のお話。

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南沢の竹林公園と自由学園の間を幅2m程の細い遊歩道が通っています。

落合川からひばりが丘パークヒルズ近くまで通るこの道は『たての緑地(道)』。

もともとは武蔵野鉄道の引き込み線があり、軍需工場に続いていた線路の跡に出来た道です。


昭和10年代から武蔵野には数多くの軍事施設や工場があり、その中でもゼロ戦等の軍用機エンジンを作る国内最大の中島飛行機武蔵製作所が当時の久留米村の南東4kmの場所にあり、久留米村の東に接する現西東京市谷戸には、武蔵製作所の関連工場である中島航空金属田無製造所という大きな工場やエンジンの試運転上もありました。

昭和19年のこの中島航空金属田無製造所へ東久留米駅から鉄道の引き込み線が施設されました。

その一部が現在の『たての緑地』です。


20180807(1).jpg


道に沿って高い鉄塔が建っており、少し離れた場所からもその場所を確認することが出来ます。


引き込み線は昭和20年8月の終戦とともに廃線となりましたが、しばらくレールは残っており、近所の子供たちの遊び場になっていたようです。

現在たての緑道は近所の方の散歩や通勤通学の道として親しまれています。


東久留米には他にも北多摩陸軍通信所の跡地があり、海外無線の歴史に残るような重要な通信の傍受や解読にあたっていました。

小金井街道には最近まで西武バスの停留所の一つに『通信住宅』という名称が使われており、その名残をとどめていました。


当時の久留米村は農村地帯であり、直接的に戦争とは遠い場所と思われがちですが、多くの重要施設があったことから空襲の被害を受けることもあったようで、公式には7回の空襲を受けているという記録があります。


1年中戦争のことを考えているのは難しいかもしれません。

8月の1週目、この一週間くらいは戦争のことを考えてみてもいいのではないでしょうか?

皆さんはどうお感じになるでしょうか?



20180807(4).jpg
向日葵が綺麗に咲いていました。



by青木崇

出典:東久留米教育委員会 くるめの文化財(PDFが開きます)